企業が生き残りをかけて事業の新陳代謝を行おうとしていますが、医薬品業
界においては、数年前から構造的な人材の新陳代謝が進行しています。
MR(medical representative;医薬情報担当者)と呼ばれる営業職の人
たちです。簡単に言うと、担当する医療機関の医師に最新の医薬品情報を提
供しながら、自社製品を売り込むのが仕事です。
ただ、その営業スタイルは、朝早くから医療機関に張り付き、わずかな医師
の空き時間を狙って押しかけたり、高級料亭やクラブなどで接待攻勢をかけ
たりする旧態依然としたものでした。
しかし、過剰接待が業界の自主規制で禁止され、医師もネットで情報をとる
ようになり、MR立ち入り禁止を打ち出す医療機関が増えてきました。
ノバルティスファーマ社の臨床試験データ改ざん事件を契機として厚生労
働省によるMRの活動規制が行われるなど、MRを取り巻く環境は大きく変化
しました。
そこで、製薬会社はMR頼みであった医療機関に対する営業スタイルを、大
きく見直さざるをえない状況になったのです。
MR認定センターの『2020年版MR白書』によると、国内のMR数は2013年度
の65,752人をピークとして6年連続で減少しており、2019年度(2020年3
月末)はピークから13%減の57,158人となっています。このままMRとし
て仕事を続けることに疑問を持ち、転職を選択するMRが増えてきているの
です。
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異分野へ転身できる理由は「医薬品の専門知識」
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『週刊東洋経済(2020年12月19日号)』で、MRの人たちがどのような分野
に転身しているかが紹介されています。
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MRの転身先として、同じ業界内の異なる企業・職種である医療機器メーカ
ーや医療系ベンチャー、あるいは、特定の疾患領域のオピニオンリーダー的
な医師と科学的な情報を交換するMSL(メディカル・サイエンス・リエゾン:
営業ではない)や薬剤師など。
異なる業界への転身例としては、コンサルティング会社やM&A関連企業など、
一見畑違いかと思われるような分野へも。
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なぜこのようなことが可能かというと、MRの人たちは医薬品に関する深い
知識を有しているからです。
たとえば、ある企業がM&Aを検討する場合には、対象企業の企業価値を的確
に評価する必要があります。
企業評価には、売上高、利益額などの基本的な財務データだけでなく、自社
商品の市場占有率や売れ筋商品の特許切れまでの期間なども影響を与えま
す。さらに、このようにデータ化されている情報同様に影響するのが、開発
中の新薬の成功確率や他商品と比べた市場競争力、医療現場へのインパクト
などの可視化されていない情報です。
それらの情報を読み解くのは医薬品に関して精通している専門家でなけれ
ば不可能であり、そこで、MRとして蓄積してきた専門知識が役に立つので
す。
ここで注意すべきは、M&A関連会社が必要としているのはMRという人材そ
のものではなく、彼らが有している医薬品に関する専門知識だということで
す。別にMRでなくても、同等かそれ以上の知識がある人であればいいわけ
です。
つまり、M&A関連会社から見たMRの人たちの市場価値というのは、MRとい
う仕事そのものではなく、彼らが保有している医薬品の専門知識に対して与
えられているものです。
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「専門要素」に市場価値がつく
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実際のMRの仕事には、医薬品に関する専門知識に加えて、医師とのコミュ
ニケーション力、自社製品の採用を働きかける交渉力、先端情報の収集力な
どの複数のスキルが必要です。
つまり、いくつかの専門的なスキルを組み合わせてMRという専門的な仕事
ができるのであり、私は、このような専門的なスキルの要素を「専門要素」
と読んでいます。
MRの人たちの例からわかるように、転職や異分野に挑戦するときにモノを
いうのはこの「専門要素」です。
特定の専門要素を新分野へのブリッジとして生かし、新たな専門要素を学び
ながら異分野への挑戦を可能としているのです。
私が造船会社のエンジニアから証券会社に転職できたのは、造船会社で身に
つけてきた「数学(特に行列演算)」といった専門要素が、証券会社が求め
ている金融工学分野の人材スペックに部分的とはいえ合致したからです。
その時点では証券市場や経済、資産運用論に関する知識はゼロでしたが、そ
れは入社後に新たな専門要素として身につけていくことになります。同時に、
造船会社の設計業務に必要だった船舶構造学、弾性力学、塑性力学、金属材
料学などは捨てることにもなりました。
これが、これからの時代により一層求められてくる「専門性のスクラップ&
ビルド」です。
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専門性を基準とした人材価値の再評価
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テクノロジーの急速な進化と商品サイクルの短期化により、社会が企業に求
めるものが短期間で変化していきます。一方で、百歳人生と呼ばれる長寿化
と健康寿命の延びにより労働期間も長くなっていきます。
私たちは、短期間で変わっていく環境の中で、これまでより長期間働くこと
になるのです。もはや、一つの仕事で職業人生を終えることなどあり得ませ
ん。
そのような環境の中で必要とされる人材であるためには、専門性のスクラッ
プ&ビルドを柔軟に行いながら人材価値を高めていくことが大切です。
そこで問われるのは、上質な「専門要素」を仕事を通じて身につけていく力、
その専門要素を柔軟に組み替えていく力です。
どこの会社に勤めているとか、部長だとか課長だとかは、市場における人材
価値には何の関係ありません。肩書きではなく、専門性を基準として人材価
値が再評価されていく時代なのですから。
『管理職3年目の教科書』(東洋経済新報社)では、このような時代に管理
職という立場で仕事をされている皆さんが、自分の人材価値をどのようにし
て高めていけばよいのかについて述べています。
『管理職3年目の教科書 ~マネジャー不要時代のリーダー論~』