これからの人材価値は、年齢や肩書きではなく「専門性」を中心としたもの
に変わっていきます。ジョブ型雇用や黒字リストラの流れを見ても、事業の
新陳代謝に伴って、そこで貢献できる専門性を有している人のみが選ばれて
いくのです。
ただし、そこには忘れてはならない重要な視点があります。それは、自分の
専門性がしっかりと「価値転換」されているかどうかです。
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自分都合の「独り相撲」は見放される
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たとえば、もの作りを例にとると、自分の専門分野に自信がある人ほど、「良
いものは売れるはずだ」「良いものは役に立っているはずだ」という幻想に
とりつかれがちです。
家電製品のたくさんの便利機能を全く使うことなく製品寿命が来てしまっ
た―――このような経験はあなたにもあるのではないでしょうか。
開発者側の視点で付けられた便利機能のほとんどは消費者にとってはどう
でもいいものです。そこに金を使うぐらいなら、10円でも20円でも安く
してほしいというのが消費者の思いです。
顧客が必要としているのは役に立つ「商品」であって、技術者の独りよが
りの「作品」ではないのです。
これは、「自分の土俵で自分の相撲」を取っている状態―――すなわち「独
り相撲」であり、いずれ顧客から見放されてしまいます。
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自分都合ではなく顧客都合で
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顧客ありきのビジネスは、あくまでも相手の土俵で相撲を取ることが大切
です。自分が良いと思うものが何かではなく、顧客が良いと思うものが何か
を考えるのがビジネスです。
かといって、「相手の土俵で相手の相撲」を取ってしまったのでは、単なる
御用聞きになってしまいます。
言われるままに「はいはい」と対応していると、相手にとっては使い勝手
のいい人かもしれませんが、顧客の想定範囲でしかものごとが動きませ
ん。そのうち、もっと使い勝手のいい人に置き換えられてしまいます。
顧客が本当に必要としているのは、自分のニーズに「えっ、そんなことが
できるの!?」という回答を返してくる人です。ニーズに対して自分なら
ではの付加価値を加えて応えている、すなわち、「相手の土俵で自分の相撲
が取れる人」です。
拙著『管理職3年目の教科書』(東洋経済新報社)では、その事例として、
ある企業の看板商品を取りあげていますので、ここでも紹介します。
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ソーセージ「シャウエッセン」の挑戦
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それは、ウインナーソーセージでシェア2割と圧倒的な存在感を示す、日
本ハムの「シャウエッセン」です。1985年の発売以来、パリッとした食感
と伝統の味で、主力商品として大きな成功を収めてきました。
しかし、その成功体験が「プレーン(素のまま)の商品しか売らない」「味
わってもらえるために切って商品化することはしない」「消費者にはレンジ
でなくボイル調理のみを勧める」など、「シャウエッセンクオリティ」と呼
ばれる品質至上の意識を生み出し、変えてはならない商品として聖域化さ
れていました。
一方で、他の商品と比べて低い利益率が社内で問題視もされていました。
そこで、同社は2018年に戦略を転換、かねてからスーパーなどの取引先か
ら要望のあった、小切りにしたシャウエッセンをピザの上にのせた「シャ
ウエッセンピザ」の販売を決断します。
すぐに好成績が出たことに勢いづき、「シャウエッセン焙煎ホットチリ」
「シャウエッセンチェダー&カマンベール」などの派生商品を売り出しま
す。
商品によっては、「消費者が求めているのならレンジに対応すればいい」
と、ボイル調理へのこだわりも捨てました。元祖シャウエッセンしか認め
ようとしない守旧派勢力とOB勢の反発を受けながらも聖域崩しを断行し
たのです。
結果は大成功。その後、派生商品も11種類となり、利益率も大きく向上し
ていきます。
(以上、『日経ビジネス』2020年8月17日号の記事を参考)
このように、本来の高い商品特性を生かしながら顧客にとって価値のある
領域を広げていくことが、まさに「相手の土俵で自分の相撲を取る」とい
うことです。
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相手の土俵で取る「あなたの相撲」とは?
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「自分の土俵で自分の相撲を取っている人」は、相手のことを考えずに独
り相撲を取っている人で、すぐに顧客から見放されてしまします。
「相手の土俵で相手の相撲を取っている人」は、使い勝手が良くても代替
可能な人材として、いずれ置き換えられてしまいます。
「相手の土俵で自分の相撲を取っている人」だけが、相手のために自分の
専門性を正しく価値転換できている人であり、市場価値の高い人材だと言
えるでしょう。
これは、日常的な一つ一つの小さな仕事についても言えることです。報酬を
得て仕事をしている以上、社内、社外に関係なく、必ずあなたのサービスを
受け取っている「顧客」がどこかにいるはずです。
せっかくの専門性をより大きく価値転換するためには、「相手の土俵とは何
か?」「自分の相撲とは何か?」――この2つのことに常に意識を向け続け
て仕事をしていくことが大切です。