先日、ある企業の管理職のAさんからこのような話を聞きました。
部下の一人に、自分の理屈ですべてを進めようとして、周りと衝突を起こし
てしまう人がいる。
周りが一目置くほどの高い専門知識を持っていて彼なりの理屈もあるのだ
が、視野が狭くてそれ以外の可能性に目を向けようとしない。相手の立場や
気持ちにも配慮せず、すべてを「自分のべき論」で進めようとしている。
そのままでは将来行き詰まってしまうのではないかと懸念している。
ただ、Aさんは次のことも付け加えていました。
「でもね、櫻田さん。彼の気持ちはわかるんですよ。なぜなら、私も昔そう
でしたから」
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なぜ腹が立つのか?
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管理職の部下に対する、あるいは先輩の後輩に対する「なぜ、そんなことを
やってしまうのか?」という不満の多くは、いまの自分を基準としているか
らです。
人生経験や業務経験の長い自分から見れば、部下たちの行動が未熟に見える
のは当たり前のことです。そこで腹を立てたり、あいつはダメだと愚痴をこ
ぼしたくもなります。
そんなときは、「目の前にいる部下は昔の自分だ」と思ってみたらどうでし
ょうか?
どんなに優秀な人でも昔の未熟な時代があったはずです。
Aさんのように「自分も同じような間違いをしていたなあ」とか「自分もい
ま思うと恥ずかしいこと言っていたなあ」など、当時は自分勝手な思い込み
で仕事をしていた経験が誰にでもあるはずです。
そう考えると、目の前にいる部下も自分と同じように単に成長過程にあるだ
けのことだと思えて、冷静なコミュニケーションをとりやすくなります。
「いやいや、自分はそこまでひどくなかった」とか「少なくとも彼の年齢の
ときには自分はもっとましだった」ナンて思う人がいるかもしれませんが、
人は自分では気がつかない間違いや恥ずかしいことをしているものです。
さて、「昔の自分を見ているようだ」と語ってくれたAさんには、未熟だっ
た自分を温かく見守ってくれた上司がいたそうです。
思い込みの強かった自分の話を辛抱強く聞いてくれ、知識や能力は認めてく
れながらも、どこが問題なのかをこれまた辛抱強く話してくれたそうです。
「そのやり方だと自分が損をするぞ」「それでは、あなたの良いところが生
かされない」などとも。
Aさんは「だから私も、当時の上司のようになりたいんです」と。
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何はなくとも成功体験を
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未熟な部下や後輩の成長を支援するためには、良い点を認めて伸ばしていく
ことが原則です。しかし同時に、本人の成長や仕事の成果を阻害することに
ついては「言うべきことは言う」といった毅然とした姿勢が必要です。
「ほめて伸ばすのか、叱って伸ばすのか」という昔ながらの議論が何度も繰
り返されていますが、二者択一で考えようとすることはナンセンスです。
「良いところを認めて伸ばして、改善すべきことを指摘して伸ばす」―――
この両方が必要です。
そのバランスをとりながら、少しでも行動変容を起こした部下に対しては、
その結果としての成功体験を支援することが大切です。
「確かにやり方を変えたらうまくいった」という体験によって、自分の考え
方や行動の中に定着していくからです。成功体験がないと、これまでのやり
方の方が良かったと逆もどりしてしまいます。
前回のコラムでも述べましたが、部下育成のポイントは徹底的に成功体験を
サポートすることです。
もしあなたが、部下や後輩に「なぜ、そんなことをやってしまうのか?」と
いう不満を持っていたとしたら、いまの自分を基準とせずに、昔の自分がそ
こにいると思ってみませんか?
Aさんを見守ってくれた上司のように、あなた自身のマネジメント能力を磨
くチャンスでもあります。