1つの仕事を長くやっているとそこに「慣れ」が生じて、つい惰性で処理し
てしまいます。
「慣れ」は、生産性の分母に当たるインプット(時間)を短縮させることは
ありあますが、分子に当たるアウトプットの質を進化させているわけではあ
りません。
1年前と比べて、自分がやっている仕事のアウトプットがどれだけ高質化し
たのかを自らに問いかけみて、何も変わっていないことにがく然とした経験
はないでしょうか。
世の中はどんどん変化・進化しているため、「変わらない」ということは相
対的な退化を意味します。
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脳は省エネ志向
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心理学を経済学に統合した業績で、2002年にノーベル経済学賞を受賞した
ダニエル・カーネマン博士は、心理学者のキース・スタノビッチ等の説を引
用しながら、人間の思考モードには「システム1(速い思考)」と「システ
ム2(遅い思考)」の2つがあることを説いています。
「システム1」は、たとえば「2×2=?」という問いに対して即座に「4」
と回答するような、高速で自動的に起きる思考モードです。
これに対して「システム2」は「23×28=?」という問いに対して頭の
中で暗算するときに起きる、論理的で時間のかかる思考モードです。
私たちの脳はできるだけ「システム1」の思考モードで物事を処理しようと
します。脳の消費エネルギーをセーブするためです。
別に悪いことではないのですが、その結果、判断を誤ったり合理的でない行
動をとってしまうこともあります。
たとえば、
「旧約聖書でモーセは何組の動物を箱船に乗せたでしょうか?」
正解は、モーセは1頭も動物を乗せてはいないです。箱船に乗せたのはノア
です。
しかし、カーネマン博士によると、多くの人が「箱船もモーセも旧約聖書
の・・・・・・」というおぼろげながらの知識をもとに、システム1のモードで両
者を関連付けてしまうため、この質問の間違いに気づかないそうです。
いまは、想像力を働かせて正解のない問題に取り組まなければならない時代
です。
流れに任せて「システム1」の思考モードで省エネ運転するだけでなく、時々、
少しだけアクセルを踏んで「システム2」の思考モードに切り替える必要が
あります。
私はこれまで何度も、自分への問いかけの習慣を持つことを推奨してきました
が、「システム2」のスイッチを入れるためにも、この問いかけの習慣が効果
的です。
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回答する前に一瞬でいいから
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私が証券会社で数学を使った市場分析の仕事をしていたとき、上司にこのよ
うに言われたことがあります。
顧客の問い合わせに対しては、回答を返す直前に一瞬でいいから「本当に、
それでいいのか?」と自分に問いかけるように。
つまり、「もっといい回答はないのか?」ということを常に考えろというわ
けです。
人は問いかけられると、反射的に頭の中に空白の回答欄をつくります。脳は
空白の回答欄を見つけると、無意識にそれを埋めようとして考え始めます。
そこで思考のスイッチが入り、もっと工夫できるかもしれない、必ずしも本
質をとらえてはいないかもしれない、本当にこれがベストなのかなど頭が動
き始めるのです。
カーネマン氏の理論が世の中で知られてくるよりも前のことでしたが、同氏
の理論を借りれば、自分に問いかけることで「システム2」のスイッチを入
れるということです。
私たちが思考を止めてしまう原因の1つは、昨日の正解が今日も正解である
という思い込みです。
技術の進化によって、昨日できなかったことが今日はできるようになってい
るかもしれません。
昨日と今日とでは環境も変わってきており、顧客のニーズも変わっているか
もしれません。
上司の言葉は、仕事に慣れてくると仕事が作業化してしまい、考えることを
やめてしまうことを戒めるものでした。
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「システム2」の思考が仕事の質を高める
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「本当に、それでいいのか?」という問いかけは、当時の私の職場にフィッ
トしていた1つの例です。
それぞれの職場に、よりふさわしい「システム2」への問いかけがあるはず
です。
たとえば、
・このサービスは顧客が本当に望んでいるものだろうか?
・部下はこの指示を受け取ったとき、どんな気持ちになるのだろうか?
・上司が好意的にこの報告を受け取るにはこれでいいのだろうか?
・これで本当に顧客の不安はなくなるのだろうか?
・顧客の本音はどこにあるのだろうか?
・これは、昨日より工夫されたアウトプットだろうか?
繰り返しになりますが、ポイントは必ず「問いかけ」の形にして、アタマの
中に空白の回答欄をつくることです。
省エネ志向の脳にあえて自分で質問をぶつけることで、ちょっとだけ余分に
働いてもらう――――そのような思考習慣を持っている人が、仕事の質を高
めることができる人です。