目の前にハードルが見えるうちは「青春」である

├100歳人生を生きる

 

俵万智さんの歌集『サラダ記念日』の中に
このような歌があります。

 

「青春と いう字を書いて 横線の 多いことのみ なぜか気になる」

『サラダ記念日』(俵万智、河出書房新社)

 

 

青春時代には、
目の前に飛び越えるべきハードルが
横線のように何本も横たわっている。

それが、青春というものなのでしょうか。

 

 

確かに学生時代の私は、
将来のことを深く考えるでもなく
未熟であることさえ無自覚で、
それでも自分の感性らしきものに根拠のない自信だけは持っていて、

いま思えば、取るに足らないような横線(ハードル)でも、
それが人生の全てであるかのように思えて、
毎日、一喜一憂していました。

 

しかし、間違いなく、
それらを楽しんでもいました。

 

 

あらためて俵万智さんの歌から感じるのは、
逆に、ハードルがいくつも目に入っているうちは、
年に関係なく青春なのかな、ということです。

 

50代であれ、60代であれ、70でも80でも、
目の前にハードルが見えるという人は、
そこに挑戦する気持ちがあるからです。

 

 

最近、まだ50代の方から
「もう歳だから」という言葉をよく聞きます。

 

「もう歳だから」のあとには、

気力がなくなってきた

アタマが固くなってきた

先が見えてきた

無理をしたくない

ボチボチ楽をしたい

人生の山はあとは下りだ

 

という言葉が続くようです。

 

もちろん、いろいろな考え方があっていいんですけど、
私には「もう歳だから」という言葉は、
人から元気と可能性を奪っているように聞こえます。

 

 

もし、「もう歳だから」を理由に
挑戦する気持ちを失ってしまったとすると、
その時点で、
目の前からハードルが消えてしまう気がします。

 

ハードルの数や高さは人それぞれでいいと思うんですが、
少なくとも私は、
「目の前にハードルが、いつまでも見えていますように」
と思っています。

 

 

何かに挑戦している時は、
多少きつくても、圧倒的に楽しいのですから!

 

 

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