今回は、学生時代の話です。
私は、工学部の「造船学科」というところで学んでいました。
名前のままの造船マン育成学科で、
卒業生の多くが造船会社に就職しています。
現在は今風の名前に変わって、
「海洋システム工学部門」となっていますが。
そこでは授業の一環として、3年生の夏休みに3週間、
実際に造船所で働くといった工場実習がありました。
実際に船が建造させる様子を、自分の身体で見て聞いて体験してこい!
という訳です。
全国の造船所に数人ずつ分かれて派遣され、
現地で合流した他校の実習生と一緒に汗だくになって働きます。
巨大な船が建造されていく様を目の当たりににしながら、
造船という仕事の醍醐味を経験した多くの実習生が、
「おーし、絶対に造船会社に就職するぞ!」との決意を新たにしたものです。
受け入れ側の造船会社も、
忙しい中、プログラムに様々な工夫を凝らしくださり、
本当によく面倒を見てくれました。
ある日の朝、私たち実習生は、
長さが十数センチのペンライトのような
金属棒を1本ずつ渡されました。
指導員の方がこう言われました。
「これを、今日一日かけて指定された太さまで、
鉄ヤスリで削って仕上げてください」
まあ、万力に固定してそれなりに削ればすぐできるやん、
って楽勝ムードが漂った中、
「ただし、誤差±0.1ミリの範囲で太さが均一になるように」
記憶が不正確ですが、
確かこれぐらい、いやもっと厳密な精度だったような気もしますが、
一同、「・・・・・・」です。
作業場には目の粗さの違う各種のヤスリがずらっと並んでいて、
0.001ミリ単位で計測できるマイクロメータという計測機器が置いてありました。
早速、金属棒の太さを測ると指定寸法より数ミリ太い。
とりあえず万力に固定して、
適当なヤスリでゴシゴシと削り始めました。
時々マイクロメータで寸法を計測してはまた削り、
ってやっていたんですが、
1時間ほど過ぎたところでわかってきました。
卒倒しそうになるぐらい難しい。
どんなに慎重に削ってもムラができるし、
太さを均一にしようとしてあちこち削っていると、
あっ!削りすぎてしもうた・・・・・・
指定寸法を小さく修正してもらって、またゴシゴシ・・・・・・
汗をぼたぼたとこぼし、審査で何度もダメだしをくらいながら、
必死で集中力を維持して夕方まで延々と続けました。
少しずつ削り方のコツや、
ヤスリの目の使い分けなどが身体でわかってきて、
最終的には全員がなんとか合格しました。
もう、疲労困ぱい、体力限界、精神へなへな、
つまり、へっとへとです。
最後に指導員の方が、
「とにかくやったということが大事です。
以上、はいっ、お疲れさまっ」
寮に帰って夕食を食べながら「今日のは何だったんだろうね」と、
何だかよくわからないまま、翌日から別の実習が始まりました。
しかし、私はこの体験を
40年近く、ず~~~っと忘れずに覚えていました。
それ以外の実習内容は、
ほとんど忘れてしまったにもかかわらずです。
そして、数日前に、またこのことを思い出したとき、
突然こう思ったんです。
もしかしたらあの指導員の方は、
「何を学ぶかは本人次第だ」ということを伝えたかったのかもしれないと。
それは、モノ作りの厳しさかもしれないし、
手作業という原点の経験かもしれないし、
あるいは、やりきることの小さな喜びかもしれません。
私が仕事をしながら時々感じるのは、
「相手に学んで欲しいことと、実際に本人が学ぶことは違う」ということです。
でも、それでいいのです。
押しつけの学習は記憶に残りませんし、時には反発もします。
しかし、自分で気づいた学びは忘れませんし、納得感もあります。
いくらこちらに、
「この経験から、このことを学んで欲しい」
という思いがあっても、
実際に学ぶのは、部下であり、生徒であり、子どもなんです。
私たちができるのは、
気づきの呼び水となるような学習環境を用意するだけで、
そこで何を学ぶかは本人に委ねる。
こう考えています。
そうすると、期待したことを学んでくれなくても、
落胆もしないし腹も立たない。
学ぶ方も、何のバイアスもなしに経験を振り返ることで、
学ぶ力や考える力がつくでしょう。
上司や親は部下や子供に対して、
「思いやりの気持ちの大切さを学んだよね」
「目的意識の重要性を学んだでしょう」とか
「どう? やりきるって素晴らしいでしょ」などの、
余計なことを言ってはいけないのです。
ただ、「何を学んだの?」と聞くだけでいいのです。
現場実習の指導員の方も、もしかして、そのことが分かっていて、
あえて何も言わなかったのではないかと、40年たったいま、
やっと気づいたような気がします。
吹奏楽の名門校・大阪府立淀川工科高校(ヨドコウ)の顧問であり、
生徒育成に定評のある丸谷明夫先生(愛称;丸ちゃん)も、
「吹奏楽を通じて、生徒たちに何を学んで欲しいですか?」
という質問に対して次のように答えています。
「そんなもん生徒に聞いてくれ。何を学ぶかはあいつらの勝手や」
やっぱりそうなんですね!
注)丸谷明夫先生は2021年12月7日、76歳でお亡くなりになりました。
ご冥福をお祈りいたします。