意図せずに、マネジメントに専念しなければならなくなったとき

■ジョブ型雇用を生き抜く

 

3月のコラム
『管理職はマネジメントに専念するのが理想か?』
に対して、いくつものコメントをいただいています。

 

大きく分けると、

「組織の生産性、部下の育成、自分のこと、いずれの点からも、
管理職はプレーイング・マネージャー以外あり得ない」

という意見と

「会社の仕組み上、一定の年次以上になると、
マネジメントに専念することを求められ、
好むと好まざるとに関わらず、そうせざるを得ない」

こんな感じでした。

 

あくまでも、ザックリとですよ。

 

 

日系企業にお勤めのお2人からは、

 

「専門性が細分化されている中でのローテーション人事のため、
ある年齢以上になると、能力的にバッターボックスには立てなくなります
(立ちたいのですが)」

 

(マネジメント中心の仕事では)
「表面的に仕事を回すことだけがうまくなって、
異動や退職で回すものがなくなったときどうするすんの?という不安にかられます」

 

このような、コメントをいただきました。

 

 

もちろん、会社の考え方や、これまでの慣行、職種や業態によって、
現実としてさまざまなケースがあると思います。

 

そこを深く研究することにはそもそも興味はありませんが、
気になるのは以下の点です。

 

 

会社の組織運営体制上、好むと好まざるとに関わらず、
(まだ若いのに)マネジメントのみを求められるような
ポジションに就いたとき、どうすればよいのか?

 

 

あるいは、ローテーション異動で
第一線の専門性にはついていけないような部署の
管理職となってしまったとき、どうすればよいのか?

 

 

私が、いまその立場にいるわけではないので、
個別の事例に答えることはできませんが、
ざっと、以下のようなことを考えています。

 

どんな仕事でも程度の差こそあれ、
「自分の力では自由にならないこと」がつきまといます。

はい、これは当たり前です。

しかし、もうひとつの当たり前は、どんな仕事でも
「自分の力で自由にできること」が必ずあるということです。

 

簡単に言うと、「不自由の中の自由な選択」です。

 

 

このことを考えるに当たって意識するのとよいのは、
仕事をする自分の価値を、
「社内価値」で考えるのか「市場価値」で考えるのか、です。

 

マネジメントを極める方が市場価値は下がっても
社内価値は上がると思えば、それにふさわしい選択があるでしょう。

 

専門性にこだわる方が社内価値はともかく、市場価値が上がると思えば、
不自由の中でもできる選択はあると思います。

 

両方の価値が上がるような選択もあるでしょうし、その逆もあります。

 

 

大切なことは、自分が目指すべき仕事人としての価値をよく考え、
それを高めるために、「不自由の中の自由な選択」を

どれだけ真剣に考えているのか?

どれだけ本気で実行しているのか?

これではないでしょうか。

 

 

知り合いの、自動車メーカーの幹部の方、
さすがにもう、マネジメントが仕事ですが、
それでも、50代半ばになってから自動車学校に通って大型免許を取得し、
バスやトラックなどの大型車の路上試走時には
自らハンドルを握っているそうです。

 

取り付けられたセンサーで計測される数値には限界があり、
人の身体で運転を体感しないと、
本当によい車かどうか判断できない、とのことから、

 

自社製品に責任を持つ立場の者として、
自らそれを実践してみせているとのこと。

 

これも一種の「不自由の中の自由な選択」です。

 

こういう組織は、おそらく部下の士気も
高いのではないかと思います。

 

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